眠らない街、止まらない街

お盆だというのに栄の街はいつも通り。(今年はいつも通りという言葉は当てはまらいかもしれませんが)地下街も変わらず。

建設中のビルの工事もお盆前と同じように大きな音を立てています。

年末年始の競争

学生の頃スーパーのレジ打ちのアルバイトをしていました。

年末になるとカゴをいくつもカートに乗せて「これも一緒。」と言われることも多かったです。今のようにバーコードではなかったので、各商品の種類の番号(群番と言っていたような)と金額を必死に手打ちした思い出があります。

入力する金額も普段とは桁数が異なり、0が2つくらい多い数字をひたすら打ち込んでいました。私が学生の頃ですから正月3が日はお休みで、その分まとめて年始の分も購入するので半端ない量になるんです。

閉店するスーパーの中は、年末年始独特の何だか寂しい気持ちと心地良い充実感で満たされていました。

しかし今はどうでしょう。皆さんは最近、年始に休むスーパーをご近所で見かけたことはありますか?私の家の近くには見当たりません。

1つでも営業するお店があるので休みたくても休んでなんかいられない。競争ですね。

働く人にも家族がいます。ゆっくり紅白(裏番組かもしれませんが)を観たい方も、年の変わる瞬間くらい厳かな気分になりたい方もいるかもしれません。その反面、そんなことは就職した時に諦めた方もいるのでしょうか。ふと、そんな事に思いを馳せる事が最近ありました。

以前大手スーパーで働く若者が「12月31日の午後11時に閉店して初売りの準備をしていたらいつのまにか年が明けていた。夕飯はカップラーメンを1個だった。年越しの実感なんてない。」と何かの雑誌かテレビで言っていたのを思い出します。

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変化する働き方

日本人はいつからこんな働き方をするようになったのでしょうか。

コロナ禍でテレワークが増えたとはいえ、結局仕事とプライベートの線引きが出来ず、いつまでも仕事をしてしまう。上司に相談しようと思ってもメールではなかなか伝わりにくい。結果終わらないタスクが増え、テレワークにより残業もしづらい状況になっていると聞きます。

働きすぎもですが、休みも取りづらいようです。

先日近所のスーパーが月1回、休みになる時がありました。広告に「従業員の心と体のリフレッシュをはかるため○月○日は臨時休業させていただきます。」との記載を見つけた時、僅かな違和感を感じました。

 

休むのにそんなに丁寧な説明が必要なのでしょうか?コロナ禍で毎日不特定多数の方と接触する接客業の方の不安を考えると頭が下がる思いです。

ただ一言、「臨時休業します。」ではいけないのかな?休んだら文句言う人がいるんだろうか。と考えてしまいました。

お客さんも大切だとは思いますが、そこまで気を使わないとクレームが来てしまうのでしょうか。もしそうなら住みづらい世の中ですね。

お客さんも従業員の方も同じ人間ですから、お互いを思いやる事が出来れば一番ですね。

コロナ疲れか自粛疲れか、はたまた社会の流れなのか、心のゆとりが少なくなっている方が多く見られるようになった気がします。コンビニの店員さんに怒鳴っている方を見ることもあります。

外国人の方が来日して驚くのは日本の時間に対する正確さと勤勉さだと聞いたことがあります。外国では駅に時間通り電車が来たり、列を作って待つなんてことが考えられないそうです。

勤勉であったり、丁寧なところは勿論大切だと思うのですが、全てがそうだとお互いぎくしゃくしたりしませんか?適度なゆとりも大事だと最近感じました。

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先日知り合いがアメリカのテーマパークのチケットを払い戻すのに10時間以上電話をしたという話を聞きました。その殆どは「たらいまわし」と保留。担当者ごとに言うことが違うので、毎回混乱して寝不足だったそうです。

知り合いいわく「外国だから自己主張が強く、担当者も『自分が言っていることが正しい』。と言うので話が進まない。日本でこれだったらクレームだよね。」と。これはお国柄なのか、「適度なゆとり」なのか疑問なところではありますが。

いずれにしても、休む時は休む。多少の不便があっても我慢する。「適度なゆとり」を持って心身共にストレスのないよう日々過ごしたいものです。そしてゆったりとした社会になってくれるといいと思うのですが。

 

名古屋障害者支援センター

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