ポテトサラダと餃子そして思い出の味

私の大好物はポテトサラダです。

サラダビュッフェなどでは真っ先にお皿に盛りつけてきます。珍しい野菜や家では食べることのできない種類のサラダが所狭しと並んでおり、それも魅力的なのですが・・・どうしてもポテトサラダを取ってきてしまいます。

妻も私の大好物と知っているとは思いますが、あまり食卓に並ぶことはありません。

そんなにポテトサラダを作るのは面倒なのかなあと思っていたら、最近はちょくちょく作ってもらえるようになりました。

なぜか聞いてみたところ、「時短勤務になって時間に余裕ができたから、そして実家からジャガイモを沢山もらったから。」とのこと。

そうか、ポテトサラダには時間がかかるんだ。

ポテサラ論争

つい先日朝の情報番組を観ていたら、ポテトサラダについての特集が報道されていました。ご存じの方もいらっしゃるとは思いますが、スーパーでお惣菜のポテトサラダを買おうとした親子に年配の男性が「ポテトサラダくらい家で作ったらどうだ。」と意見した、という内容。

今の時代、共働きの家庭も多いのでお惣菜はとても便利だと思います。

手作りすることも大切かもしれませんが、その時間を子どもとの触れ合う時間にあてたり、日々溜まっていく仕事や家事のストレスを発散するご褒美タイムにするなど、結果家の中がうまく回っているのであればそれで良いのではないでしょうか。

あるエッセイに、近所の主婦に手作りの料理をおすそわけをしたら「これはどこのお店で買ったの?」と言われびっくりしたと言う話が載っていました。「手作りすると材料を一つ一つ揃えて余ることもあるし、買った方が安い。」ということらしいです。なので子供も母の味は知らず。しかし何かこれではいけないと感じたその子どもは自炊することを覚えたそうです。

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さて皆さんの思い出の味は何ですか?私の思い出の味は炊き込みご飯です。母の作ってくれたものは特に絶品です。我が家は共働きで幼少の頃、子ども達は保育園の終わった後それぞれ別々のお宅で夕飯をいただき母の迎えを待つ生活でした。

そんな忙しい中で母が作ってくれた炊き込みご飯は今も忘れられない味です。具材も沢山入った懐かしい思い出の味で、今でも実家に帰った際貰ってくることもあります。

ついでなので妻に思い出の味を聞いたところ、沢山ありすぎて書ききれませんでした。「子どもが帰宅した時に家に誰もいないとかわいそう。」という理由で、妻のお母さんが外で働きはじめたのは妻が高校生になった時だったそうです。それまでは家で内職をしていたのだとか。

お菓子や夕食も手の込んだものだったそうです。サツマイモを薄く切って焼いたもの、イチゴのソーダ、パウンドケーキなどなど。これでもほんの一部です。

手作りと手抜きの境界線?

ポテサラ論争には続きがあって、なんと今は餃子論争に発展しているそうです。

今度は家庭内で起こった事例です。冷凍餃子を夕食に出したら子供は喜んだのですが、旦那さんが子ども達に「これは冷凍なんだよ。」というような発言をしたとのこと。これも手抜きということになるのでしょうか?

どこまでが手作りでどこまでが手抜きとされるのか。その線引きはどこにあるのでしょう?私は手の込んだものもそうでないものも食べる相手のことを想って作ったのであれば、全ての料理は手抜きでなく愛情のある料理なのではないかと思うのですが皆さんは如何でしょうか。

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